抗セントロメア抗体陽性不妊症に対する漢方治療の一症例

1. 緒言

抗セントロメア抗体陽性を呈する不妊症例に対する漢方治療の有効性について検討する。本症例は、長期にわたる不妊期間と複数回の生殖補助医療(ART)不成功に加え、早期流産を繰り返していた背景を持つ。漢方治療が、凍結胚盤胞移植の成功およびその後の妊娠継続に寄与した可能性について考察する。

2. 症例

2.1. 患者概要

38歳女性。不妊期間6年。第一子不妊。既往歴として抗セントロメア抗体陽性診断あり。

2.2. 治療歴

過去に人工授精6回、顕微授精10回、凍結胚盤胞移植3回を施行。凍結胚盤胞移植後2回は妊娠反応陽性を認めたものの、いずれも早期流産に至っている。

2.3. 来局時所見と漢方診断

来局時の自覚症状として、冷え、膀胱炎罹患傾向、腰痛が認められた。また、良好胚盤胞移植後の妊娠不成立という既往および抗体陽性の病態から、腎虚と診断した。 加えて、肩こり、子宮筋腫の既往、および舌診における舌辺暗紅の所見から、瘀血の存在を疑った。 胃痛、胃もたれ、げっぷなどの消化器症状に加え、感情変化が著しい点、および舌辺暗紅の所見も加味し、肝鬱体質と診断した。

3. 治療方針

3.1. 治療目的

凍結胚盤胞移植の成功率向上、および次回の採卵における卵子の質改善を目的とした。

3.2. 処方内容

煎じ薬として芎帰調血飲去白朮・烏薬加丹参・白芍・熟地黄・紅花を処方した。これに加え、牡蠣肉製品および亀板膠製品を併用した。

3.3. 漢方薬効

上記処方により、疏肝、補腎、活血の効能を企図した。

4. 治療経過と効果

1-23ヶ月目: 治療開始後、自然周期でのタイミング法により妊娠反応を認めたが、化学流産に至った。その後も患者の体調変化に合わせて煎じ薬の調整を行い、体外受精周期を実施し、胚盤胞の凍結に成功した。

24ヶ月目: 凍結胚盤胞移植を実施した。

25ヶ月目: 妊娠陽性反応を確認。次回の診察にて胎嚢確認の予定となった。煎じ薬中の桂皮を桂枝に変更し、継続服用とした。

その後: 無事に胎嚢が確認され、当帰阿膠製剤と牡蠣肉製品で女児出産まで順調な経過を辿った。

5. 考察

本症例では、漢方薬服用前には妊娠反応陽性後も9週までに流産を繰り返していたが、漢方治療開始後の妊娠においては初めて妊娠安定期(妊娠18週)まで継続できた。このことは、漢方治療が着床環境の改善および妊娠維持に寄与した可能性を示唆する。特に、抗セントロメア抗体陽性という自己免疫的な背景を持つ不妊症において、漢方薬の免疫調節作用や血流改善作用が有効に機能した可能性が考えられる。本症例における「腎虚」「瘀血」「肝鬱」の複合的な病態に対する治療が、全身状態の改善を通じて生殖機能の回復を促したと推察される。

6. 結論

抗セントロメア抗体陽性を有する不妊症例に対し、漢方治療が有効な選択肢の一つとなり得ることが示唆された。

(薬剤師、国際中医師:田之上晃)